『Fnatic』VALORANT部門(2021~2026年)をリーダーとしてチームを牽引した「Boaster」選手の脱退が発表されました。

Fnatic公式動画 和訳

公式動画では、Boaster選手が30分にわたってキャリアの振り返り、若手プレイヤーへのアドバイス、ファンや関係者に感謝を伝えました。

日本ファンへの言及、ZETA DIVISIONプレイヤーの映像なども含まれていました。

Boaster 「何が起きているかわかりますか? Fnaticを離れるんです。冗談抜きで。それがこの動画の結末ですよ。

Jake “Boaster” Howlettです。Fnaticが大きなチームだということは、ずっと知っていました。olofmeisterの時代も覚えています。flusha、JW、KRIMZ、pronaxたちがいた頃。
Fnaticから声がかかった時は、『よし、これで稼げるぞ。強豪たちと戦うんだ。そして自分たちが最強になれるかもしれない。』と思いました。そしてFnaticに加入して、盛大にやらかしましたw」

「本当にワクワクしていたのを覚えています。まず両親に“ゲームをプレーしてお金を稼いでいる”と言えるようになりました。そして、“チャンスさえあれば”と思っていたから、ついに自分の実力を証明する機会を得ることができました。 その後のことは、みなさんもご存じのとおりです。」

―― ラップの動画を作っていましたよね

「そう、TSMに対してラップの動画を作りました。」

“TSMと契約するぞ
VALORANTの選手を探しているならBoasterがここにいる
LECのVlogger、UK Counter-Strike、配信でBoasterを知っているだろ?
いま24歳だけど、Boasterのブランドはもっと若い
少なくともあと10年はやれる
あらゆる敗北、試練を乗りこえてきた

教えてやるよ、Boasterに敵なしってことを
目標はTSMを殿堂入りへと導くこと
そしてVALORANTファンにBoasterの名前を叫ばせること!”

「TSMが選手を探していました。当時はみんなそんな感じでVALORANTの選手を探していて、いろいろなチームにアプローチしていました。でも、どこもそれほど興味を持ってくれなくて、反応があったとしても本気というわけではありませんでした。

Fnaticは初めて本気で向き合ってくれたチームだったと思います。特にSUMN FCとして『First Strike』で結果を出してからは。すごく興奮しました。」

「プレーしている時には、過去を振り返ることがよくあります。自分がなぜプレーしているのかを思い出すために。2021年は決勝まで進みましたが、負けても悔しいとさえ思いませんでした。とにかく楽しかったので、またあの舞台でプレーしたいと思っただけでした。」

「当時は、そういう気持ちだったと思います。大きな結果を期待していませんでした。優勝するつもりでいたわけでもありません。ただ楽しんで、VALORANTが登場する前から思い描いていた夢を生きたかったんです。」

円陣のシーン
“これは俺たちのチャンスだ!”「FNC!」
“これは俺たちのトロフィーだ!”「FNC!」
“歴史を塗り替えるぞ!”「FNC!」

「2022年で一番印象に残っているのは、イスタンブールですね。Alfajerが地元の観客の前に登場して、お父さんも会場に来ていました。トルコでAlfajerがこんなふうにやると、観客がものすごい歓声を上げるんです。当時は選手が1人ずつ入場していましたから。」

「それなのに、試合では盛大にやらかしたんです。かなりひどいパフォーマンスで、それを見て笑っていたのを覚えています。『父親に、あんな試合をするならもう見にいかないと言われた』と話していてめっちゃ笑いましたw」

「それが一番の思い出かもしれません。AlfajerやEnzoがいて、チームは強くて、出来る限りのことをやっていました。とても楽しかったです。ただ、2022年の自分たちにはまだ引き出せていない可能性があったと思います。」

「その瞬間を楽しみながらプレーしていました。Copenhagenの出場権を獲得して、あれが初めての有観客大会だったと思います。すごく盛り上がりました。残念ながら観客の前でプレーした試合数はそれほど多くなかったと思いますが、とても楽しかったです。トルコも同じで、自分たちを応援してくれる大観衆の前でプレーしました。」

「全てが刺激的で、それまでとはまったく違いました。1人ずつの入場では色々やりました。手を振るヤツや泳ぐパフォーマンスとか。

すべてが新しくて、新鮮でした。あの経験全体が持っていた新鮮さを、もう二度と味わうことはできないと思います。」

「2023年はChronicleとLeoが加入すると聞いて、これは伝説的なチームになりそうだと思いました。ブラジルでやったスクリムで対戦相手を圧倒して格の違いを見せつけた感じで、スクリム後に振り返りが必要ないくらいでした。

スクリム後は1日にランクを2試合して、あとはVODを1本見るくらいでした。どんな状況にも対応できる準備ができていると感じていたからです。

初戦のSentinels戦は不安でしたが勝利して、『これは絶対に優勝できる。全員プレーがやばすぎる』と思いました。

接戦になった試合もありましたが、何とか勝ちきりました。それがVALORANTというものです。そして、トロフィーを掲げました。」

実況
“Fnatic、不可能を可能にしました! BoasterとDerke、トロフィーを目指した長く曲がりくねった道のりを超えた!そしてChronicleは、VALORANT史上初となる2つのタイトルを手にした選手となった!”

「チームを去る時にトロフィーを持って帰ってもよいよね?w」

「2023年には、ようやく初めての優勝を手にして、以降はずっとあの感覚を追い求めています。

優勝できたという事実があるのはうれしいです。両親や家族が、『大きな大会に出場しているだけでもすごいことだ』と言ってくれていました。

自分にとっては、大会で優勝するのは大きな成果です。ずっと求めていたもので、ようやくたどり着けました。本当に楽しかったです。」

「それから3年たった今も、まだ追い求めています。ああいう大きなトロフィーを獲得した時の感覚をもう一度手にしたいんです。2025年はかなり惜しかった。2026年は…だからFnaticを去るんでしょうね?www」

「ゲームの中でも、ステージの上でも、優勝した瞬間は最も印象に残っている出来事の1つです。本当にすごかったです。ブラジルも東京も覚えています。ものすごい経験でした。

全く異なる大会・経験でした。一方は優勝できるかどうかわからず、もう片方は優勝できる気がしていました」

「どちらの大会も観客が素晴らしくて、本当にすばらしい経験になりました。試合の面でも、ステージでの経験という面でも素晴らしい1年でした。トロフィーを獲得することができましたから。」

ただ、その時の感情は忘れてしまうんです。感情は忘れてしまうものなんです。だから自分がどう感じていたのかは、実際には覚えていません。

断片的には思い出せますが、その多くは自分が映っている映像をYouTubeで見て覚えているだけです。」

「今、目を閉じて覚えているのは1つだけです。こうやっている瞬間です。カメラはその瞬間を捉えていました。

自分の視点で覚えているのは、一面に広がる赤色です。タクティカルタイムアウト中で、小さな黒いシルエットが、こんなふうに動いていました。

誰の顔も見えないんです。ゲームの中みたいな感じでした。小さなシルエット(※観客)が楽しんでいて、パーティーをしているように見えるだけ。上のほうには黄色やオレンジ色もありました。本当にすごい光景でした。

『負けるかもしれない』と思っていました。でも、試合に集中しないといけないので、勝敗について深く考えてはいませんでした。LOCK//INで本当に自分の記憶として残っているのはそれだけですね。」

「自分としては、2024年が一番つらい年でした。今年も大変でしたが、今年は運が悪かったから大変だったと感じています。2024年は、本当に大変でした。運の要素は、それほどありませんでした。

Leoが体調を崩してしまいました、自分たちはその前から期待していたような調子ではありませんでした。

2024年は、期待との向き合い方について最も多くを学んだ年だったと思います。一番になりたいなら、本気で一番になりたいと思っている人間として必死に努力しなければいけません。」

「当然のように自分が一番になれると思ってはいけません。以前に優勝したことがあるからといって、会場に行けばまた勝てると思ってはいけないんです。そんなにうまくいきません。できるのは、ごく一部の人だけです。

しかもVALORANTは、全てがカオスなので安定して結果を出すのは本当に難しいです。」

「2024年はチーム内の混乱とはどういうものかを知り、どう乗り越えるかを本気で考えなければならない年でした。2024年を経験したからこそ、2026年はそこまでひどく感じなかったのだと思います。」

「2024年の初めには、3つすべてのトロフィーを狙っていました。そしてどうなったか。Kickoffで負け、Shanghaiに行っても早々に敗退、ChampionsではSentinelsなど負けました。厳しい結果ですよね。このゲームは、本当に容赦がありません。

だから、試合でも試合以外でも、人生でも、あれやこれや全ての場面から学ぼうとして、自分にできる最善を尽くすしかありません。」

「一番大きいのは、2021年のBoasterと2024年のBoasterの考え方の違いだと思います。2021年は『わあ、まるでディズニーだ!』という感じでした。2024年のBoasterは、『何が起きてるんだ? どうなってるんだ? 助けて!』という感じでしたね。

2025年は、おそらく一番好きな年でした。優勝できなかったけれど、あと少しのところまでいった年です。

何より、チームの仲のよさですね。2023年もチームの結束はすごく強かったですが、2025年は国際大会のトロフィーを獲得していないにもかかわらず、本当にいい関係が築けていました。」

「それには、crashiesの存在も関係していると思います。彼のおかげで2025年がよりよいものになったのは間違いありません。新しい人と出会い、その人のことを知っていくのが本当に楽しかったです。その年にはkaajakも加入しました。

でも正直、自分にとって一番大きかったのはcrashiesでした。」

「2023年は戦友という感じでしたが、2025年は、本当に心から戦友だと感じました。チーム全員で同じ目標に向かい、みんなで成し遂げたいと心から願っていました。

だからこそ、2025年は自分にとって一番つらい年でもあります。」

「振り返ると愛おしい思い出が本当にたくさんあります。練習、休日、MilanやAustin、CoJoとポケモンショップに行ったこと、ポケモンカードの開封をしたこと、映画館に行ったこと、みんなでいろいろなことをして、本当に楽しかったです。

でも、2025年を振り返ると、こういう記憶もあります。みんなで部屋でくつろいでいるとしますよね。すると、部屋の隅に何かがある。『あれは何だ?』と思って見ると、Champions 2025の決勝なんです。こちらを見つめているんです。

だから、2025年のことを考えるたびに、Championsを思い出して悲しくなります。トロントで優勝できなかったことは悲しかったですが、一番悲しかったのはChampionsでした。今も、その悲しみを本当の意味では乗り越えられていません。」

「2021年から2025年にかけて学んだ一番大きなことは、『学べることはすべて学んだ。どんな状況にも対応できる』と思ったとしても、実際にはそうではないということです。

つらい経験、幸せ、興奮、ドーパミンが出るような瞬間、すべてを経験したつもりになっていても、『なんだこれは?こんなの予想していない』ということが起きるのです。学ぶことは常にあります」

―― 人として大きく変わったと思う?

「100%変わったと思います。2021年のBoasterと2026年のBoasterは、まったく違います。2026年のBoasterは、トラウマ、幸せ、たくさんの良い思い出が詰まっている。でも2021年にあったのは、未知の世界への興奮でした。

今も、未来に何が待っているのかはわかりません。その未知の世界を知りに行くことにはワクワクしています。これまでの時間がもう過去になってしまったことは悲しいです。

自分にとって一番悲しいことです。もう一度、最初からやりたいです。何かを変えようとも思いません。ただ、全部をもう一度経験したい。それくらい楽しかったからです。」

―― だめだよ、泣かせないで。2021年から2026年にかけて、リーダーとしての役割はどう変わったと思いますか?

「2021年はリーダーとして学ぶことがたくさんあり、何でも学ぼうという姿勢でした。チームメイトから『これはしないで』『こうして』と言われたら、『わかったよ、そうするよ』という感じでした。

2025年、2026年になると、リーダーとしての振る舞いが自然にできるようになったと感じます。もう長いことやっているし、楽しいですね。

最高のチームを作ろうとすることや、選手たちにとって最高のチームメイトであろうとすることに、大きな喜びを感じます。」

―― 2021年のBoasterが今の君を見たら何と言うと思いますか?

「『そんなんじゃChampionsで負けるぞ』かな。いや、2021年のBoasterならこう言うと思います。

『もっと必死にやらないと。まだ年寄りじゃない。まだ終わっていない。必死に取り組め。死ぬほど努力してまだやれるんだと、みんなにも自分自身にも証明しろ』

そんなことを言うと思います。その後にお尻を振って、アイスクリームをねだるんじゃないかな」

―― どの勝利が自分にとって一番大きな意味を持っていますか?

「LOCK//INが一番大きかったと思います。初めての優勝でした。優勝した時の感覚を覚えていますが、それは安堵でした。正直、一番大きかったのは安堵です。『ああ、トロフィーを獲れた。なんてことだ。ハレルヤ』という感じでした。

その次の目標は、『もっと優勝しよう』でした。とにかく1つは獲れた。そんな感覚でした。だから、最も大きな影響を与えた優勝は、LOCK//INだったと思います。」

ただ、キャリア全体で考えた時、自分にとって一番大きな勝利は、一緒にプレーしたすべてのチームメイトが、自分について何かいいことを言ってくれるはずだと思えることです。それが、一番大きな勝利だと思います。」

「もちろん、彼らの気持ちを代弁することはできません。『Boasterは本当に最悪なやつだった』と言うかもしれません。自分にとって一番大きな勝利は、一緒にプレーしたチームメイトたちが、自分について悪く言わない、言ったとしてもそれほどじゃないと思うところです。

それを考えると、うれしくなります。自分は、いいチームメイトになりたいと思って始めたからです。哲学的な意味では、それが一番大きな勝利なんです。

中国でたくさんのファンに会ったら、『2023年からファンです』『2025年からファンです』と言ってくれるんです。2021年、2022年のBoasterを知らない人もいるわけです。当時は、すごい入場パフォーマンスをやっていて、ものすごく楽しかったです。」

「自分はVALORANTを代表する顔の1人だと言ってもらえます。なぜそう言われるのか、何となくわかります。自分としては、ほかとは違うプロ選手になりたかっただけです。ステージの上で、自分らしくありたかったんです。

昔、母にこう言いました。

『ミュージカルの道には進まないけど、ステージに立てたらそこでお母さんのためにパフォーマンスができる。ミュージカルのステージに立つのと同じようなものだよ。むしろ、もっと大勢のお客さんがいるかもしれない』

だから自分にとって一番大事だったのは、あの場所で自分らしくいること、楽しむこと、そしてeスポーツに違った個性を持ち込むことでした。」

みんな格好よくて、とにかく勝利を目指していると思います。自分も格好よくありたいし勝ちたいですが、同時に楽しみたいですしVALORANTのおバカで愉快な一面も見せたいと思っていました。

それが、eスポーツに多少の影響を与えたのだと思います。それは、いいことですよね。

自分がVALORANTの顔だと思うかと言われたら、イエスでありノーです。そもそもそれが目標ではありませんでした。みんなに楽しんでもらいたかっただけです。それだけでした。ただ、楽しみたかったんです。」

―― お気に入りの入場パフォーマンスはありますか?

「お気に入りは、泳いで入場した時ですね。あれは全力でやりました。ホテルでスイムキャップを借りて、水着とゴーグルとタオルを用意して、スロープを泳ぐように下りていきました。

あれが一番楽しかったと思います。当時は1人ずつ入場できたので、事前に準備ができました。今は、1人で入場できるのはグランドファイナルだけです。

去年は2回決勝に進んだので、2回やることができました。トロントではダンスに失敗して、その後に試合でも負けました。2敗です。Championsではダンスを完璧に決めて、試合では負けました。だから、あの日は1勝できました。」

一番好きなのは、スロープを泳いで下りたやつです。でも、いいものはいくつかやっています。傑作もいくつかあります。

当時、たしか相手は100 Thievesだったと思うんですが、向こうが自分を見ていました。自分は水着姿で、これから試合をするのに、スイムキャップにゴーグル、水着で、いったい何が起きてるんだ? という感じでしたw

一番面白いのは、去年優勝したのはNRGなのに、みんなが自分のところに来て、『“NRG、覚悟しておけ”っていうスピーチが大好きだった』と言ってくれたことです。」

―― Twitterで、『NRGはChampionsを制したけど、Fnaticは人々の心をつかんだ』と言っている人がいました

「そう、まさにそれです。それが自分の目標だと思います。優勝を目指す。でも、優勝できなかったとしても、人々の心をつかみたいんです。

自分自身に送る一番大きなアドバイスは、自分の強みを生かしてプレーすることと、メンタルに向き合うことです。もっと精神的な強さを鍛えていたら、この5年間でもっとたくさんのトロフィーを獲得できていたかもしれません。」

―― それは、2023年のLOCK//IN決勝で実感したことですか? あの優勝が自分のメンタルの強さに大きく役立ったと思いますか?」

「いや、あの時は全員で同じ波に乗ることができただけだと思います。自分がチームを導いて優勝させたとは思っていません。別の何かが、助けてくれました。

miniが自分たちの意識を立ち返らせてくれて、そこからプレーを続けるうちに、全員が勝利を信じ始めました。でも、AlfajerやDerkeのヒーローのようなプレー、大きなクラッチなども必要でした。Leoにも、ものすごいラウンドがありました。

だからLOCK//INについては、優れたリーダーだったから優勝できたという自分の功績にすることはできません。自分たちは5人の選手でした。1人のリーダーが率いる5人、という感じではありませんでした。

5人で一緒に乗り越えようとしていたんです。当時はリーダーとしての経験が豊富ではありませんでした。少なくとも自分にとって、LOCK//INはそういう感覚でした。」

「だから大切なのは、選手たちが必要としているリーダーになることだと思います。去年のChampionsなどでは、もっとできたかもしれません。トロントでは、間違いなくそうです。

自分たちのチームには、とても強い絆があります。それは練習、ゲームの外で一緒に過ごす時間、お互いに優しく接することを通じて築かれたものです。

誰も、自分の兄弟のような仲間が負けるところを見たくありません。だから、最後の最後まで諦めずに戦います。それが、カムバックできる理由です。」

「自分にとって一番大きいのは、今までいろいろなカムバックを経験してきたのでどんな状況からでも逆転できると信じていることです。

だから、アタック側でもディフェンス側でも逆転できるという前提でコールします。0-12で負けていたとしても、まだ勝てると信じているからです。

1-11からの逆転はやりました。あれはすごかったです。0-12からは、まだありません。だから次は…、いや、0-12からの逆転なんてそもそもやりたくありません。時間の無駄。だったら、最初から13-0で勝てばいいですよね。」

「どのロスターにも本当に面白い瞬間と本当に面白いチームメイトがいました。Magnumには本当によく笑わされました。すごくおバカなんですが、すごく愛嬌のあるおバカという意味で、本当に頭が悪いわけではありません。あのロスターは、本当に温かい雰囲気でした。」

「Domaもそうです。今でも会いますし、Fnaticに時々カメオ出演みたいなことをしています。韓国で突然、自分たちのサブとして現れたり、パリでも代役を務めたり。

アセントでのDomaの1vs3クラッチが大好きでした。クラッチを決めて立ち上がった瞬間、口からガムが落ちたんです。『ガムが落ちたぞ!』とつっ込んだら、彼はこんな感じでした(ガムを拾う仕草)。本当に面白いクラッチでした。」

「Magnumが『白旗が欲しいか?』と言っていたこともありました。手汗をかくので白いタオルを持っていて、それを振り回していたんです。『白旗が欲しいか?』と言いながら。

その後、黒いタオルを持たなきゃいけないから、もうやるなと言われた。それも、面白い思い出ですね。

スクリムでは、DomaがヘイヴンのCでフェニックスを使っていて、デフォルトの位置にいた時のこともあります。『詰めてくる! 詰めてくる! 助けて、助けて、助けて!』と言っていて。なぜか、それが自分の中ではすごく面白い記憶として残っています。

「2023年、2025年にも、素晴らしい思い出がたくさんあります。試合で勝ったことも、人生を満喫したことも含めてですね。」

―― もっと良いIGLになることなどについて、特に多くを教えてくれたロスターはありますか

「いいえ。特定のロスターから教わったということではないと思います。経験を積み重ねる過程で、よりよいリーダー・IGLになる方法を学びました。選手たちが良いリーダー・IGLになる方法を教えてくれたんです。

一緒にプレーするすべての選手について良いところを覚えて次のチームへ持っていきます。最終的に自分の中に良いものがたくさん蓄積されていきます。

悪いところは持ち込まないけど、何が悪かったのかは覚えておいて、自分はそうならないようにするんです。悪いことからは学び、良いことは次のチームに持っていくということです。」

それが、自分からの一番大きなアドバイスです。それを続けるだけで、1年、2年、3年後には、いい選手になれると思います。ちがうか、いいチームメイトになれると思います。」

「一番意外だったのはcrashiesだと思います。OpTicにいた頃にも話したことはあって、クールな人でした。笑顔は見せるけれど、クールな感じです。『よう、元気?』と挨拶するくらいで、crashiesのことはあまり知りませんでした。

でも、チームに加入して自分たちに打ち解けてから、本当のcrashiesが見えるようになりました。すごく温かい人で、何にでも付き合ってくれて良い友達です。

だから、一番意外だったのはcrashiesですね。そして、一番うれしい驚きでもありました。」

「これも、学んだことの1つです。ずっと日記をつけて、本当に面白いことがあった日にはその内容を書いておくべきでした。

スクリム中も、スクリムの外でも、普段の生活でも、みんなで何かをしに出かけた時も、ステージの上でも、大笑いしたことが本当にたくさんあったからです。

でも、今はそれほどたくさんのことを思い出せません。パリで行ったホラー系の脱出ゲームは、本当に面白かったですね。Austinが、めっちゃビビっていました。

一番好きな思い出は……たぶん、ほかの人が聞いても笑わないと思うんですが。最近の一番好きな思い出は、MilanかDesmoがValoPlantを使って戦術の話をしていて、自分たちの横にValoPlantの画面がある時のことです。

右を見ると、AustinとAlfajerが、こんなふうに笑いをこらえているんです。それを見たら、『まずい、自分まで笑いそうだ』となって、自分もこんな感じになって……みんなで同じようなことをしていました。

それから何か月もの間、定番のネタになりました。MilanやDesmoには申し訳ないんですが、戦術を説明している時に見ながらお互いを笑わせようとするんです。

説明を見ている途中で、自分が適当なゲームを起動すると、Austinがこんな反応をして、自分もこんな感じになってその後、すぐにゲームを閉じたり。

本当にくだらないことなんです。でも、そういう子供っぽいことが面白いんですよね。いろいろなことがありました。さっきも言いましたが、本当にあっという間でした。

さっき、そのまま話し続けたら、また泣いてしまうとわかったので、話すのをやめたんです。でも、言おうとしていたのは、本当にあっという間だったということです。

起きた小さな出来事を日記に残しておけば、いつか読み返して、ちゃんと思い出せたのになと思います。起きたことを全部覚えておくのは、不可能ですから。」

「だから、学んだことの1つは、日記をつけておくべきだったということです。人生で最も大きな影響を受けた数年間だったからです。

もちろん、今も競技は続けています。でも、あれは人生に大きな影響を与えた年月でした。あの時間は戻ってきません。とはいえ、取り戻したいというわけでもありません。本当に、いい時間だったんです。

中国では「呸、呸」(ペイ、ペイ)と言います。もし今死んだとしても、いい人生だったと思える。そういう感じの話です。でも、死にたいわけではありません。

これからも、いい年月が待っていると思っています。ただ言いたいのは、あの数年間が、これまでの人生で一番充実していたということです。」

―― 夢を叶えたということですか?

「そうではなく、ただ人生で一番楽しかったということです。

学校にいた時は、『早く学校を卒業したい』と思っていました。でも学校を出たら、『ああ、まだ自分が人生で望んでいた場所にはいない。どうしたらいいのかわからない』となりました。

でも、あの数年間を振り返ると『ここが本当に、自分のいたかった場所なんだ』と思っていたことを覚えています。本当に楽しかったです。

そういう意味です。自分にとっての最高の時間でした。だから、もっと思い出を書き残しておけばよかったと思います。全部は思い出せないので。」

「2年か3年前だったと思いますが、CoJoに『たぶん、ほかのEMEAチームには行かない。競技を終えるまで、Fnaticにいるんじゃないかな』と言ったと思います。

Fnaticにいるのが好きだった理由は、プロフェッショナルな組織だったからだと思います。いろいろなことがスムーズでしたし、自分を中心にチームが変化していく形でした。そういう仕組みだったんです。うまくいっているように見えました。そうではなくなるまでは。

だから、Fnaticにこれだけ長くいたのだと思います。当時はNAにもAPACにもChinaにも行く気はありませんでした。Fnaticが本当にいいチームだと感じていたからです。

そのチームをさらに作り上げて、できる限り最高のチームにしたかった。Fnaticに残ったのは、そういう理由だったと思います。

というわけで、トロフィーは欲しいですね。ほかに何を持っていこうかな? このCow Pauloも良い?自分たちが始めたものでAlfajerと自分が最後に残っているメンバーだから。持っていこう。」

―― この2年間、世界中で多くのFnaticファンに会ってきて、どう感じた? Fnaticファンが特別な存在である理由はなんだと思いますか?

「そうですね。すごいことです。世界中にファンがいて、みんなに会うのが大好きです。ユニフォームにサインするのも大好きです。

Fnaticにいなくなっても、Fnaticのユニフォームを持ってきてくれたら思い出としてサインしますよ。

ただし、新しいユニフォームはだめです。自分が着ていたものだけ。2021年から2026年までのユニフォームなら、サインしますw」

「ファンのみなさんの存在は、自分がプレーするのを好きでいられる理由です。自分も、かつてはファンでした。実際、FnaticのCS部門のファンでしたし、Worldsの決勝で戦っていたFnaticのLoL部門のファンでもありました。

ファンとの思い出で一番印象に残っているのは、街中などで自分を見かけた時に、中にはこんな反応をしてくれる人がいることです。特に日本では、そういうことがありました。“Boaster!?”って。そういう反応をしてもらえると、自分もすごくうれしくなります。

ファンのみなさんに会って、持ってきてくれたものにサインをして、喜んでもらうのが大好きです。自分も以前、プロ選手にサインしてもらったり、一緒に写真を撮ってもらったりすると何週間も幸せな気持ちでいられたのを覚えているからです。

自分が受け取ったものを、今度は自分のファンのみなさんに返したかったんです。」

「今後の目標と抱負か…。World of Warcraft Foreverが出ますが、遊べません。自分の目標は、来年を最高の1年にすることだからです。

そのために、練習に集中しなければいけません。VALORANTを必死にやり込みます。

今年、何かを学んだとすれば、自分にはまだ通用する力があるということです。ただ、誰よりも努力する必要があります。2020年の自分がやっていたことがあるとすれば、シーンの誰よりも努力していたということです。」

2021年、2022年、2023年には、少し落ちました。2024年、2025年には、また引き上げました。2026年も維持していましたが、いろいろなひどいことが起きて、落ちてしまいました。

だから一番大切なのは、自分が本気で努力するなら、シーンの誰よりも努力するということです。それは信じてほしいです。そして、新しく加入するチームで優勝できると信じています。それが目標です。」

目標は、優勝して、新しい思い出を作ることです。そして今度こそ、日記をつけることです。

もちろん、2025年と同じくらい素晴らしいものになるかはわかりません。でも、あの年のような時間を作れるように、全力を尽くします。

―― Austin Robertsに何かメッセージはありますか? ※crashies

「自分へのメッセージはあったの?」

―― ありますよ。直接君に向けたメッセージではないけれど、君についての話になっています。」

「それなら、Austin Robertsへのメッセージはこうです。運命に引き裂かれた2人の恋人が、敵同士になって戦う。ロミオとジュリエットかよ。crashiesがキャピュレット家で、自分がモンタギュー家。

やっぱり2025年のチーム全員に向けたメッセージにしたいです。コーチやパフォーマンススタッフも含めて。いや、一緒にプレーしたすべての選手に向けたものにします。

泣いていませんよ。2021年から2026年まで、Fnaticで関わったすべてのみなさん、人生で最高の思い出をくれて、ありがとうございました。でも、しんみりした話をして、泣いて終わるつもりはありません。」

「じゃあ、Austinへのメッセージ。
Austin、こっちに戻ってこいよ。もう一回やる? また一緒にやろう。

2人とも引退したら、ストリーマーチームを作ったらそれはそれで、かなり盛り上がりそう。また一緒にやろう。Brashes plusだ」

「すべてのファンのみなさん、そしてFnaticのみなさん

※画面に向けてお尻を振る

呪いを解きました。呪いはもうありません。これでみんな自由です。」

関連クリップ

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